ライン
浄土宗ホームページ ≫ 法然上人とは ≫ 選択集とは ≫ 読んでみよう選択集 ≫ 解説!!「選択集」 ≫ (18)とわのみいのち
ライン
選擇本願念佛のこころ(18)
「とわのみいのち」

念仏はこれ勝行なれば(中略)二尊の影護を蒙る。これはこれ現益なり。また浄土に往生して乃至成仏す。これは これ当益なり。 『選択本願念仏集』第11 私釈段
意訳
 私たちが南無阿弥陀仏とみ名をおとなえするお念仏は、阿弥陀様が、独り歩きもおぼつかない私たち一人ひとりを哀れと思し召して憂い悩むことのない日暮らしのできるようにと、とくにえりすぐってお授け下さった名号をおとなえして、お慈悲のみ心を全身全霊に頂くことであります。
 お念仏する人は、現在から未来永劫にわたって、阿弥陀様から力強いご利益を頂きます。阿弥陀様を始めとして観音勢至両菩薩様は、影の形に添うように離れずつきそって、導きお護り下さいます。これは現世に頂戴するご利益であります。またいのち終わって阿弥陀様のみ許に迎えられ、往生の素懐をとげさせて頂くのは、来世に受けるご利益であります。
解説
 『観無量寿経』には、お念仏を継続して暇なく申し続けている人を、「人中の芬陀利華(蓮の花)」であると褒め讃えています。わが善導大師はこの経説をさらに敷衍して、念仏者に人中の好人、人中の妙好人、人中の上上人、人中の希有人、人中の最勝人という五種の嘉誉を授けられました。つまりお念仏を継続できる人は、甚だ希れであるから、このような嘉誉が授けられるのです。さらに念仏者はこの嘉誉にふさわしいご利益を、現世と来世に受けることは、お念仏をしない並の人にとってあり得ないことなのです。
 お念仏をする人も、しない人もともに、人である限り、むさぼり、怒り腹だち、道理をふみはずすという働きを、生まれながら人間の性として具えている点では、何の変わりもありません。しかしお念仏をしない人はこの人間の性に支配されますから、独り歩きが容易でありません。お念仏する人は、常に阿弥陀様の護り、導きを頂き、現世を憂悩なく道に迷わない日暮らしを送り、命終には必ずお迎えを頂いて、阿弥陀様のみ許で無量寿という「とわのみいのち」の人として永劫に生き貫くことが約束されているのです。

←BACK PAGE NEXT PAGE→