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選擇本願念佛のこころ(23)
「呼びかけに応えて」

弥陀如来は 因位(いんに)の時 もはらわが名号を念ぜんものをむかへんとちかひ給ひて 兆載永劫(ちょうさいようごう)の修行を衆生に回向(えこう)し給ふ。濁世(じょくせ)のわれらが依怙(えこ)。末代 の衆生の出離(しゅつり) これにあらずばなにをか期せんや。『三部経釈』(『和語燈録』巻第一所収)
意訳
  阿弥陀さまは私たちと同じ地上で仏道修行に励まれていたとき、人たちが人間の性(さが)に駆使されて奴隷のようになり、心霊の親の在ますことを忘れた流浪の生活に、うるおいを失い渇ききっているのを見るに見かねて、「わが名をとなえる人を、何としてでも救いたい」という誓願を建てて、その誓願が実際に作動するように、数えようのない長い長い歳月を費やして、きびしい修行をかさね、ついに誓願を成就(じょうじゅ)して仏となり西方極楽の主人公となられた。その後も今にいたるまで「わが名をとなえよ」と、私たちに向かって呼び続けられています。
 この第十八念仏往生の願こそ、汚染のただなかにある私たちの杖であり、柱であります。生き死にする流浪の日暮らしから、心霊の親のまします常(とこ)とわのみ親許(おやもと)に、迎えられて生きどおしのいの ちを我がいのちとする以外にいかなる道がありましょうか。
解説
 阿弥陀さまの「わが名をとなえよ」と、私たちに向かって呼びかけ給う聖意は、私たちを一人漏らさず、ひろく、あたたかく包みこみ、声なきみ声をもって目ざましめ、み名をとなえる人を、日月のひかりのさしこめない心霊の憂悩を打ち破って、心を養い育て給うのであります。
 この呼びかけに応えて、阿弥陀さまのみ許に迎えられなければ、生き死にの世界を流浪し続けるばかりなの です。

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