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選擇本願念佛のこころ(3)
ふさわしい教え

教えをえらぶにはあらず
機をはからう也。
わがちからにて生死をはなれん事
はげみがたくして
ひとへに他力の弥陀をたのむ也。
「要義問答」
意訳
生き死にの煩(わずら)いを離れる教えを選ぶには、ただ教えにこだわらずに、わが身にふさわしい教えを選びとりましょう。
わが身のほどを知れば知るほどに、自分の力によって生き死にの煩いを離れることは容易でないことに気づかされ、ひたすら阿弥陀仏のお救いを頼(たよ)るより外ありません。
解説
仏の説かれた教えは、一人ひとりの人を、あかるく平安な未来に導き、どのようなことにも動じない、かたい信念を、内(うち)に築(きず)く内容が示されています。生き死にの煩(わずら)いを離れる教えを選ぶには、ただ教えの内容の浅深(せんじん)といった価値判断にもとづいて取捨選択をしないで、人間の性(さが)にふりまわされて生きている、いつわることのない現実のありのままの私(機)の心の支え、よりどころにふさわしい教え(教)を、選び取ることが肝要(かんよう)であります。
ひるがえって、わが身のほどを深くかえりみますと、欲と怒(いか)りとおろかさに支配されている自分の力によって、生き死にの煩(わずら)いを離れることは、容易に実現できないことに気づかされますから、ただひたすらに阿弥陀仏におすがりし、頼(たよ)り、導きと護りと救いを頂く外ないのであります。
このように「教」と「機」がしっかり噛(か)み合うことは、大変有意義なことであります。「教機」が一致し、噛み合うとき、人は教えに導かれ、教えは人の上にいきることになり、ひいては社会にうるおいをもたらすことになるのであります。
このような趣旨のもとに宗祖法然上人は、わが国に既存していた南都(なんと)の六宗(りくしゅう) ((法相(ほっそう)、華厳(けごん)、倶舎(くしゃ)、成実(じょうじつ)、三論(さんろん)、律(りつ)の各宗)、平安朝の二宗(天台(てんだい)、真言(しんごん)の各宗)の外に、浄土一宗を創立されたことを、『選択集(せんちゃくしゅう)』第一章(「聖道門(しょうどうもん)を捨てて、浄土門(じょうどもん)に帰す」)の上に宣言されました。

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