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選擇本願念佛のこころ(6)
「なんとしてでも」

(阿弥陀如来の)第十八の念仏(往生)の 願に二の意あり。出離生死はこれ抜苦なり。 往生極楽はこれ与楽なり。生死の衆苦、一時 によく離れ、浄土の諸楽、一念によく受く。『無量寿経釈』(『漢語燈録』巻第一)
意訳
阿弥陀仏は、私たちを導き救うために建て られた第十八念仏往生の願には、二とおりの み心がふくまれています。南無阿弥陀仏とみ 名をとなえることによって、生き死にの世界 をはなれることは、苦を取り除いて頂くことであり、阿弥陀仏のみ許に往き生くことは、 またとない法楽浄福を授けて頂くことであり ます。生き死にをくりかえしている間に、受 けるさまざまな苦しみの質・量にかかわりな く、たちまちに苦しみをはなれ、阿弥陀仏のみ許で頂戴する法楽浄福は、南無阿弥陀仏の 一声一声によって開かれるのであります。
解説
ご承知のように、「わが名をとなえよ、わ れを呼べ。しからばたがいなく、わが許に迎 えとるぞ」という第十八念仏往生の願は、阿 弥陀様が私たちに向かっての呼びかけであり ます。
阿弥陀様はこの念仏往生の本願をとおして 、ご自身の愛しのわが子である私たちが、い つまでも生き死にの世界に流浪し続けている ことに深くみ心を痛められ、なんとしてでも 、わが許に迎えとって苦悩を取り除き、永遠の法楽浄福を味あわして、真のわが愛し子に 生まれかわらせたい、という篤いあついお慈 悲のみ心を、私たち一人ひとりが気づいて南 無阿弥陀仏とみ名をとなえ、お呼びするまで 、いつまでも投げかけていられるのです。
宗祖上人は続いて、阿弥陀仏の「四十八願 は、みな抜苦与楽の義あり。大悲は抜苦なり 。大慈は与楽なり」と仰せになっています。 四十八とおりの本願のすべては、「われら衆 生の苦を抜き、楽を与えるみ心」のあらわれでありますから、いよいよわが救い主阿弥陀 如来は大慈大悲にましますお方であると信じ て疑わず、お慈悲のふところの中にとびこみ 、おすがりして往くほかありません。

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