意訳
阿弥陀仏は、私たちを導き救うために建て られた第十八念仏往生の願には、二とおりの み心がふくまれています。南無阿弥陀仏とみ 名をとなえることによって、生き死にの世界
をはなれることは、苦を取り除いて頂くことであり、阿弥陀仏のみ許に往き生くことは、 またとない法楽浄福を授けて頂くことであり ます。生き死にをくりかえしている間に、受
けるさまざまな苦しみの質・量にかかわりな く、たちまちに苦しみをはなれ、阿弥陀仏のみ許で頂戴する法楽浄福は、南無阿弥陀仏の 一声一声によって開かれるのであります。 |
解説
ご承知のように、「わが名をとなえよ、わ れを呼べ。しからばたがいなく、わが許に迎 えとるぞ」という第十八念仏往生の願は、阿 弥陀様が私たちに向かっての呼びかけであり
ます。
阿弥陀様はこの念仏往生の本願をとおして 、ご自身の愛しのわが子である私たちが、い つまでも生き死にの世界に流浪し続けている ことに深くみ心を痛められ、なんとしてでも
、わが許に迎えとって苦悩を取り除き、永遠の法楽浄福を味あわして、真のわが愛し子に 生まれかわらせたい、という篤いあついお慈 悲のみ心を、私たち一人ひとりが気づいて南
無阿弥陀仏とみ名をとなえ、お呼びするまで 、いつまでも投げかけていられるのです。
宗祖上人は続いて、阿弥陀仏の「四十八願 は、みな抜苦与楽の義あり。大悲は抜苦なり 。大慈は与楽なり」と仰せになっています。 四十八とおりの本願のすべては、「われら衆
生の苦を抜き、楽を与えるみ心」のあらわれでありますから、いよいよわが救い主阿弥陀 如来は大慈大悲にましますお方であると信じ て疑わず、お慈悲のふところの中にとびこみ
、おすがりして往くほかありません。 |
|