
信仰心や、先祖への供養の気持ちを変わらずに持ち続けることは、思いのほか大変なことです。今日のように何かといそがしい社会の中で生活していく私たちにとって、信仰を深める場や先祖を供養する時間は、むしろ積極的に求めていかなくてはならないでしょう。
そのためにお寺が、お墓が、そしてお仏檀があるのです。そうした対象に向かうとき、私たちの気持ちはひとりでに落ち着き、こころも静まります。たしかに具体的な形があれば、精神の支えになります。ですが、それはあくまで人間のこころの奥底にある、けっして他人には自由にできない精神の支えです。ですからお墓がお寺にあるとかないとかいうことよりも、この信仰心や先祖供養の気持ちの点では、檀家も信徒もまったく変わるところがありません。
同じお寺の檀信徒は互いに助け合い、信仰を深め、お寺を盛り立てていくことが大切です。お寺は檀信徒のみなさんで支えていくものです。お寺が行う行事だけでなく、みなさんがどんどんお寺を利用する、こうした気持ちをもっていてこそ、そのお寺がより活きいきとなります。どうもお寺は弔事の場と思われがちですが、結婚式などの慶事も行うことができます。みなさん自由に使える広場でもあるのです。何でも相談してみてください。