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■法然上人の足跡
法然上人は建永2年(1207)讃岐にご配流の折、塩飽を経て、12人の弟子達に見守られながら、この讃岐本土に無事上陸された。
■寺院暦(沿革)
慧日山正宗寺は、今から約794年の昔、法然上人が法難に遭われ、遠流された折の配所の旧跡地であり、上人は承元元年(1207)12人のお弟子達と共に、塩飽本島より無事海上を渡られ、この地に上陸されました。
正宗寺の起こりは、法然上人がご赦免の後もこの地に残られたお弟子の一人高弟成阿坊の結ばれた庵と伝えられておりますが、開基は、弘和元年(1381)正慧坊智空聖人により念佛三昧堂が建立されたときを以ってしております。
その後、貞享元年(1684)慧光坊西念により念佛法然堂が建てられ「慧日山光明庵」と号して浄土宗の一末寺となりました。
明治5年(1876)釈恵深法師により本堂が再建された際、現在「慧日山正宗寺」と改められ、浄土真宗本願寺派に転入、現在に至っております。
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