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平家物語 2号(1)

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第弐號

成立:建仁、建保〜承久年間/内容:天承元年3月〜建久2年
構成:迦陵頻伽/絵=塩森恵子

特報!物語成立に法然門流の強いサポートがあった!

如是我聞

平家物語には複数の著者がいる。物語の重層性はそうして出来あがった。
当紙が前号において報じた通り、著者のひとりとして最も有名な人物は、信濃前司行長であろう。このことは吉田兼好の「徒然草」にも明記されていることが決め手になっていると思われる。
この行長、当局のその後の捜査で下野前司行長と同一人物であることが明らかになった。
さて、この行長は左大弁、造東大寺長官行隆の第三子。この行隆の系図を調べた結果、実に驚くべき事実が現出したのである。

あの信空上人が行長の弟だった!?

法蓮房信空といえば、知る人ぞ知る法然常随の弟子。弟子といっても、少し特異な関係であって、比叡山黒谷においては叡空の弟子。だから法然とは兄弟弟子、法兄弟という一種対等ともいえる間柄である。

その後、あらためて法然に師事しことあるときには門下一番に署名する高弟中の高弟となる。法然遠流にあっては門下の長老として京都に教団を守り、臨終にあっては近侍し、中陰供養を差配し、みずから四七日の導師と七七日の檀那をつとめた高僧である。

この信空が、平家物語の著者と目される行長の、なんと兄弟だったのである。
きわめて信頼すべき筋は「勧修寺・葉室家及び縁戚系図」等の証拠によってこのことはすべて明らかであると伝えている。

続々と顕れる!
平家物語重要登場人物との関係

同じく法然門下最愛の弟子、勢観房源智が、あの平重盛の孫つまり清盛の曾孫である可能性が高いことは衆知の事実である。小松殿とうたわれ、物語上、重大な役割を担う重盛の、その三男に師盛がいる。その師盛の子として生まれ、平家狩りを逃れるため、13歳のときに法然のもとに送られるが、平家一門の重要な後継者の一人であることは変わらず、その生命の危機を感じとった法然は、彼を救うため当時の天台座主慈円のもとに預けることとなる。

また法然が、清盛の五男、悲劇の将、平重衡に授戒したことは「法然上人行状絵図」に詳しくあることで、ことさら当紙で記事にすべくもないであろうと思われる。

行長を含む謎の作者群がみな法然の関係者である不思議!

また、法然生涯の思い出として、その人物との出会いを心から感謝、述懐した相手、遊蓮房円照のことがある。
彼の俗名は藤原是憲。保元の乱のあと政治の実権を握った、あの信西入道こと藤原通憲の子である。
彼の兄、澄憲は蓮行房として往時新進気鋭の天台の学匠であったが、平治の乱において父と連座。若い弟を急ぎ出家させ逃そうとした逸話もあるが、それはさておき。

のちにこの弟、是憲=遊蓮房がまさに念仏行者として幾度も霊証を得たことが、法然の教えの誤りの無さを強く支えることとなるのである。

法然は、なんと!彼との出会いを浄土の法門との出会いと同列に置いているのである。遊蓮房の臨終の善知識は法然であったこと。特に「あと一念」と励ましたあの有名な挿話をここに付け加える必要はないであろう。
先を急ごう。

この人物が信西入道の子であることが、何にも増して、緊急、重大な事項である。 平家物語の作者(あるいは作者群)として推定される人物は、さきの行長以外に、宰相入道脩範、善恵比丘尼、桜町中納言、玄用法印(憲耀)などなど。
このことは様々な史書に上げられているが、右に列挙した4名はいずれも信西入道の子。
すなわち推定され名をあげられた人物群の4分の3は遊蓮房のまさに兄弟姉妹たちなのである!

これらの驚くべき事実はいったい何を暗喩しているのか

また、法然の外護者として深く帰依した関白九条兼実のその弟、天台座主慈円は、平家滅亡ののち「天下に満つる怨霊鎮めの為」に大成就院を建立。

そこに遁世者、説教者、声明・音曲に堪能な者を扶持したという。
何の為に。
本紙は此処に勇気をもって断言する。
平家物語は、此処に集結した流浪の語り部、史家、著述家、そして声楽家・演奏家らによってその根本を成立せしめたのだ、と。
この大成就院の存在した場所こそ東山吉水。実に法然とその弟子たちが布教の本拠地とした場所の真裏なのである。互いの交流のありさまは手に取るようではないか。
物語に連綿と流れる浄土の法門の教えはまさにそのとき、物語の骨格思想として注入されたのである。

平家物語の誕生は、法然門流、あるいは、まさに縁まことに深き人々によって支えられている。
このことは、どの角度から見ても間違いのない事実である。
この、世界に誇る叙事詩文学が、法然浄土宗とこれほど深い関係にあったことを読者は知っていただろうか。
法然の、すなわち浄土の法門の存在なかりせば、この感動の一大巨篇は生まれえたのかどうか。

浄土宗は、このことをもっと誇りにすべきである。浄土宗の関係者は胸を張って、法然と平家物語について一斉に語りはじめるべきである。
本紙は、2000年初頭にあたって、このことを読者へのメッセージとしたい、という風に考えるものである。

この「平家物語」は(財)報恩明照会のご協力により(財)報恩明照会発行の「法然」(第2号)に掲載された「平家物語」をホームページ化したものであります。