
法然上人のご入滅は建暦二(1212)年正月二十五日です。つまりこの『一枚起請 文』はその二日前に書かれたことになります。死期がせまるなか、しっかりとした筆跡でしかも簡潔明瞭に、念仏の心とその実践について、上人の本意を一枚の紙に凝縮されたのです。さらに、本文の上には両手の印が押してあり、ご自身の確認とともにその証明としておられます。
これは弟子の要請により書かれたものではありますが、上人が教え広められたお念仏が間違った方向に進まないようにと、そしてご自身の死後にその根源である称名念仏が脈々と受け継がれるための戒めとしてたくされているのです。