1205-1281(元久2-弘安4)。知恩寺三世。俗姓は藤原氏。高野太政大臣兼房の孫、大納言兼良の子。勢観房源智に嗣法し、賀茂功徳院を継いだ。 文永の頃、源智の道友弁長の弟子良忠と東山の赤築地(あかつじ)において両流を校合したが、違うところが全くなく符合したので、以後源智の門流は別流を立てないこととしたという。(11・29寂)
(浄土宗大辞典より)