尊観
尊観239-1316(延応1-正和5)
鎌倉中期の僧。字は良弁。名越派派祖。良忠の教えをついで浄土宗をひろめ、東北地方における浄土宗発展の基礎を築いた。 下総国香取郡鏑木村北条朝時の子。幼年より良忠に師事し、有力門下の一人となり、1276年(建治2)付法を受ける。 早くから独自の見識をもっていたが、良忠の寂後表面化し、一念業成の説を主張して注目を浴びた。鎌倉名越の善導寺に住んだため、後世尊観の教説を名越流とか善導寺義という。 良忠の寂後、門下は多くの派に分かれ、それぞれ正統性を主張するが、そのもっとも激しかったのは白旗派良暁と名越派尊観である。 1314年(正和3)良暁の『口伝鈔』を見た尊観は、翌年『十六箇条疑問答』を書いて反駁した。これに対し良暁は『浄土述聞鈔』を書いて反論し、晩年まで活発な論争を展開、やがて弟子に受けつがれ、明治時代まで続いた。 弟子は慈観・慧観・明心がなど多数いたが、善光寺南大門(長野)に住む明心が後継者となり教線を拡張した。著書は『十六箇条疑問答』のほか数冊あったというが不明。ほとんど口伝という形で弟子たちの著述の中に残っている。 口伝を尊重するところに名越派の特色がある。(三・一四寂)
(浄土宗大辞典より)