
時代劇のテレビなどで、よく見る光景であるが、やくざの用心棒をしている浪人に、「先生、奴に引導をわたしてやってくだせえ」
などと頼む場面がある。このセリフは、単に相手の生命を断つだけの意味であるが、一般に、「引導をわたす」とは、このように、息の根をとめる、殺す、あるい殺す一歩手前で最後通牒をつきつけて観念させる時などにきまって用いられるようである。しかし、本来、引導とは、生きている人間相手に、法を説いて教えに引き入れ、仏道に導くことをいったもので、凡夫(平凡な人間)の迷いをさまさせる手段を意味していた。
それが、やがて葬式の時、僧侶が死者に対して成仏するように贈るはなむけの言葉となり、各宗により多少ちがった所作を伴う儀式の一つとなったのである。
すなわち火葬の場合には棺に向かって松明を投げ、土葬の場合には鋤の形をした木片をぶつけるなど、厳粛な作法とともに、呪文のような法句を授けられるのが普通である。もっとも浄土真宗では、その宗義上、これを行わない。
しかし、これらの法句は、もともと葬儀の参列者である遺族や知人にこそ聞かせるべき内容であることが多いから、そのつもりで聴くことが望ましい。
※これらは、「えっ、これが仏教語?ー日常生活の中の仏教語ー宝田正道著」から引用していますが、HP掲載用文章に変更しております。