
「登校の途中、踏切事故で電車が遅れ、往生したよ」
「高速道路は工事中で、沢山の車が立ち往生しています」
「お前も往生際の悪い男だな」
などという会話は、日常しばしば耳にするところである。
ここで使われている「往生」という言葉は、「どうにもしようがなく、困ってほとほと閉口した」という意味である。
しかし、元の意味は全く違う。
読んで字のごとく、これは「往き生まれる」ことである。どこへ往き生まれるのか、というと、仏さまのいらっしゃる仏国(浄土)を志すのである。つまり、仏教を信仰する人が、死んで生まれ変わる世界への旅立ちをいうわけである。浄土宗や浄土真宗でいえば、阿弥陀仏の本願を信じて、彼の仏の国土である西方浄土に往き生まれることである。
信仰は学問と違うから、理解しにくいかもしれないが、「往生」というのは、今日のように、困りきった時に使う言葉ではなかったことだけは、しっておいてほしいと思う。人が死んだ時、「立派に往生の素懐をとげられた」というような使い方が正しいと考えればよかろう。
※これらは、「えっ、これが仏教語?ー日常生活の中の仏教語ー宝田正道著」から引用していますが、HP掲載用文章に変更しております。