
「ぼくらのクラスの出世頭はA君だ」
「あの小説こそ彼の出世作ではないか」
などと使う「出世」は、世間に出て人に知られる偉い身分やすぐれた地位をかちとる意味である。だから、出世のためには手段をえらばない人さえ出ることがある。
しかし、もともと「出世」は、読んで字のごとく、「世に出る」つまり、この世に生まれ出る(出生)ことである。ことに仏教では、仏が衆生済度のために、かりに人間の姿となって娑婆世界に生まれ出られたことから、名付けられた語句である。
一方、この俗世間あまりにも汚く、修業しにくい環境であるのを嫌って、静かな山林に隠れたり(遁世)、仏門に入ったり(出家)することも、出世間、略して出世といい、転じて僧一般をさすようにもなった。
それが社会的な立身出世の意味とつながるようになったのは、僧の世界においても、特に中世以降は、官寺に入って高い位をもらい栄達をのぞむ傾向が強くなり、俗世間以上にいわゆる「出世欲」を競う人々が多くなったからであろう。
いずれにせよ、この世に生をうけた以上は「出世」したいと思うのが、われわれ凡夫の性格であるのかもしれないが、せめて世のため人のためという原義を忘れないでほしい。
※これらは、「えっ、これが仏教語?ー日常生活の中の仏教語ー宝田正道著」から引用していますが、HP掲載用文章に変更しております。