
始めから終わりまで、いつも、常に、ということを「しょっちゅう」という。むりに漢字を当てれば「初中終」で、この語が訛って日本人の生活用語となったものらしい。
始中終というものは、昔、お釈迦さまが弟子たちに法を説く時、「初めも善く、中ほども善く、終わりも善く」正しくわかりやすい法を説くように諭された言葉に由来するということである。
だから、「しゅっちゅう」は、常に「
「あいつはしょっちゅう遅刻する」
「この頃、しょっちゅう地震が起きて困る」
などという言い方は、本来の語源をさかなでするようなものである、といえるかもしれない。
もっとも、不思議なもので、世の中には、悪いことのほうが常時起こる率も高いのか、大抵の場合、「しょっちゅう」は悪い時の表現に使われていて、例えば、「彼はしょっちゅう褒められる」などという使い方より、「しょっちゅう叱られる」というようにいった時のほうが日本語としてピッタリくる。
「しょっちゅう」を原語にふさわしい意味で、善いことに使おうとするのは難しいわけであるが、せめて「しょっちゅう努力したい」と思う。
※これらは、「えっ、これが仏教語?ー日常生活の中の仏教語ー宝田正道著」から引用していますが、HP掲載用文章に変更しております。