
きわめて短い時間のことで、瞬間と同義語といってよい。ただし、仏教では梵語クシャナの音写で、正確には1秒の75分の1に当たる。カメラのシャッター表示と比べてみるといい。
仏教の時間論では、時間も素粒子のようなものと考えられ、一刹那の間に生命の生滅があり、生滅の連続的な、数限りないほどの繰り返しが生命である、というわけである。(武藤義一『物と心の世界』)
刹那に対して、途方もない長い時間を単位とする時期を
「14の時は二度とこない」といって、祖父家康を喜ばせたのは、徳川の三名君の一人といわれた紀州の頼宣であった。一瞬一瞬を充実して生きようとする若者の思想と決意は、この一語で明白である。エターナル・ナウという意味は、その時その瞬間が永遠のものとなるということで、刹那主義に溺れがちな現代の若い人々にとって、これほど示唆に富む言葉はないだろう。
※これらは、「えっ、これが仏教語?ー日常生活の中の仏教語ー宝田正道著」から引用していますが、HP掲載用文章に変更しております。