浄土宗について


特集

  • 宗祖法然上人800年大遠忌
  • ともいきがたりTV
  • 浄土宗全書検索システム
  • 浄土宗携帯サイトのご案内

関係団体リンク

  • 浄土宗ネットワーク
  • 浄土宗出版
  • 浄土宗総合研究所
  • 浄土宗報恩明紹介
  • 浄土宗教学院
  • 全国浄土宗青年会
  • 浄土宗スカウト連合協議会
  • 法然上人をたたえる会
  • 浄土宗平和協会
  • その他 関係団体
  • その他 関係団体

刹那

せ 刹那(せつな)

きわめて短い時間のことで、瞬間と同義語といってよい。ただし、仏教では梵語クシャナの音写で、正確には1秒の75分の1に当たる。カメラのシャッター表示と比べてみるといい。

仏教の時間論では、時間も素粒子のようなものと考えられ、一刹那の間に生命の生滅があり、生滅の連続的な、数限りないほどの繰り返しが生命である、というわけである。(武藤義一『物と心の世界』)

刹那に対して、途方もない長い時間を単位とする時期を(こう) という。梵語カルパ(劫波)の音写である。もとはヒンズー教の神話において、測ることも教えることも不可能なほどの長時間を意味したが、仏教でもこの説を受けて、五劫思惟(ごこうしゆい) とか阿僧祇劫(あそうぎこう) とか百千万劫という熟語をつくった(一劫の長さについての譬喩(ひゆ)「億劫」参照)。

画像

「14の時は二度とこない」といって、祖父家康を喜ばせたのは、徳川の三名君の一人といわれた紀州の頼宣であった。一瞬一瞬を充実して生きようとする若者の思想と決意は、この一語で明白である。エターナル・ナウという意味は、その時その瞬間が永遠のものとなるということで、刹那主義に溺れがちな現代の若い人々にとって、これほど示唆に富む言葉はないだろう。

※これらは、「えっ、これが仏教語?ー日常生活の中の仏教語ー宝田正道著」から引用していますが、HP掲載用文章に変更しております。