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ドッコイショ

と ドッコイショ

高い山に登る。息が切れる。一ぷくしたい。そんな時、道ばたに大きな岩でもあると、人は大抵「ドッコイショ」と言って腰をおろす。その他、重い荷物をかついだり、物にはずみをつけたり、踊りの拍子をとったりする場合にも多くこの掛け声が使われる。一体この語源や意味は何なのだろうか。

各地の霊山や行場で、白衣に身を包んだ人が、「六根清浄(ろっこんしょうじょう) 」と唱えながら、岩登りをしたり滝に打たれたりして、いわゆる荒行にいそしんでいるのを見たことはないか。あの「六根清浄」というのは、六根、つまり眼・耳・髭舌・身の五官に(こころ) を加えた六つの器官がそれぞれ起こすさまざまの欲望を、断ち切って清らかにしたい、という祈願の言葉であった。

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山岳仏教の行者たちは、いわば修行のための宗教的な意味でこれを唱えていたのであるが、やがて登山が一般化されるにつれて、山が荒れないようにと祈りながら「六根清浄、お山は晴天」などと唱えて一定の歩行ペースを保つようになった。

ところが、「ロッコンショウジョウ」の声だけ耳にしているうち、いつのまにか、息たえだえの一休みをする時、なまって「ドッコイショ」と言うようになった。それ以来、原義は失われ、現在のように一種の掛声として誤り用いられるようになったのである。

※これらは、「えっ、これが仏教語?ー日常生活の中の仏教語ー宝田正道著」から引用していますが、HP掲載用文章に変更しております。