
いわずもがな、人のことである。人は孤立して存在するものでなく、二人以上の多くの仲間たちとともに生きる動物である。仏教思想では、だから「人間」は、世の中とか世間と切り離せない意味をもった言葉として使われた。
ところで「人」には、「ニン」と読む場合と「ジン」と読む場合があり、それぞれ多数の熟語をもっている。そしておもしろいことに、「ニン」と「ジン」とを読みちがうことは許されないほど、両者の陣営は読みぐせとして固定している。これらを比較してみると、「ニン」と読む一群の言葉には、いわゆる人間性そのものが強く感じられ、「ジン」と読む場合には、どちらかというと一種の「物」としてとらえている風が見られる。しかもこれは外国語の翻訳に多い。
このことに着眼して、関口真大先生編著の『現代に生きる仏教用語集』の「人間」の項には、次のような含蓄がある指摘がなされている。参考までに引用しておこう。
“人を見てこれを「じん」と呼ぶよりも「にん」と読んだ方が、われわれ日本人には昔からいいなれたことばなのであり、人間を個人単位に考え、人権、人員、人物、人材などという面からだけ考えないで、たとえ赤の他人であろうが、おたがいに人情、人相、人気、人間味で付き合ってきたのが、日本人らしい人間の見方だったのである。そしてそれは仏教に育てられた人間性であったのである。”
※これらは、「えっ、これが仏教語?ー日常生活の中の仏教語ー宝田正道著」から引用していますが、HP掲載用文章に変更しております。