
字義どおり、心を用いること、つまり警戒とか注意を怠らない状態をさす。
「あの人は用心深い」
「火の用心、心で用心、目で用心」
などと言われるとおり、慎重で注意深く、用意周到の心くばりである。
盗賊の侵入など、外来の危難に備えて、出入口などに用意しておく棒を「用心棒」と呼び、「しんばり棒」とも言った。これから転じて、富裕な商家などで、身辺財産護衛のために腕の立つ浪人を雇ったことがあり、それを「用心棒」と称するようにもなった。
つまり、万一に備えて気をつけることが、「用心」であるが、仏教では、
だから、『学道用心集』『臨終用心』『武芸用心帳』などの書も多く、仏道と武芸は、ともに日常の心くばり、気ばたらきなど、こまかい神経とその訓練の上に成り立っていることが知られる。いわば「用心」は、「油断」のない身心の状態である。
ただし、自分の身辺ばかり用心するのではなく、他人の神経や感情にまで思いやりの心を働かすことこそ真の用心といえよう。
※これらは、「えっ、これが仏教語?ー日常生活の中の仏教語ー宝田正道著」から引用していますが、HP掲載用文章に変更しております。