
人の死、特に身近な人の死を実感することは、日に日に強まってくるものです。枕経から、通夜、葬儀とあわただしく過ぎたあとで、普段の生活に戻ると、ポッカリ空いた故人の思い出に悲しみが再び強くなることは当然のことでしょう。ですが、いつまでも死にこだわり続け、泣き暮らし続けるわけにもいきません。ですから、その悲しみを癒すためにも、そして月日が過ぎても故人を忘れないためにも、追善供養や年回法要(年忌法要)という仏事が、一定の期間をもって行われるのです。
50回忌を迎えた故人(祖父母など)になると、面影や姿は知る由もなく、名前をいつか聞いたことがあるだけ、などということは多々あることでしょう。ですが、その方がいらしたお蔭でいまの自分がいるのだ、という先祖を敬う気持ち。また名前しかしらない方の話を法要のあとで両親や親戚などから聞いて、思いを馳せる。こうしたことで、家が代々つながっていく。というように法要は大切な意味をもっています。亡くなった人をこころに呼び戻すことのありがたさを大事にしたいものです。