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浄土宗21世紀人権アピール

かけがえのないお互いの命を大切に

世の中から差別をはじめとするあらゆる人権侵害を無くしたいと「浄土宗21世紀人権アピール」は出された。それは誰にでもわかるやさしい言葉で語られている。

しかし、その意味は深く、仏教の教えである万民平等の心、そして教えを念仏の教えにより説いた法然上人の心にもとづいている。命の尊さ、大切さをそれぞれが理解することが大切だ。

愚かさの自覚こそ重要

全国各地の地方法務局に通称「子どもの人権110番」という電話相談がある。そこに電話がかかってくると、ほぼ次のように答えることになっている。

「はい、子どもの人権110番です。困っていることがあったら、なんでも話してね。お名前は言わなくてもいいですよ」

ここから先の応答は、相手によって臨機応変である。相談の内容が深刻な人権侵害と考えられる場合には、それとなく名前と住所を聞き出し、対応するという。はじめから名前を聞くと身構えてしまうし、親に言われるのではないかといったことが気になり、相談したいことが話せなくなってしまう。

それに、「困っていることがあったら、なんでも」というところが重要なのである。人権侵害といえば難しく聞こえるが、平たく言えば「困っていること」なのだから。

人は誰しも、理由なく苦しみを受けることがあってはならない。それを社会全体で保証する考えかたが、いわゆる人権である。

ところが、人権が十分に尊重されているかと言えば、とてもそうとは言えないのが現在の状況である。「浄土宗21世紀人権アピール」の言葉で言えば、「自分本位な言動でひとをバカにしたり、仲間はずれにしたり、いじめたりする」ことがあるし、「ひとの尊厳を傷つけ、幸せをじゃまする差別行為」がみられる。

そんなことが許されるはずはないのだが、人は愚かにも、人を傷つけたり、差別に関与してしまう。
その愚かさの元がどこから来ているのか、その自覚こそ、法然上人が最もうったえたかったことなのでである。

仏教本来の平等の心

人権侵害のうち、大きな問題であるのは差別である。 生まれた地域によって理由なく差別を受けている被差別部落の人たち、病気や身体の障害に対する偏見、働く場などで不当な制限を受けたり、家庭で一方的に家事労働を強いられている女性差別など、いずれも根深い歴史をもつところに差別問題の深刻さがある。

特に被差別部落の人たちは、明治4年の解放令以降も、陰に陽にゆえのない差別を受けてきた。幕藩体制に組み込まれていた当時の仏教もまた、差別を業(ごう)として助長してきたのは歴史上、否定できない事実である。

業のもともとの意味は「行ない」である。あらゆる現象は、因と縁によって生じた結果であるという縁起の思想にもとづき、善業(善い行ない)は幸福につながり、悪業は迷いの世界に墜ちる原因と考えられた。それは自己の行ないが、自己の未来のありかたにつながっているという因果を示すものである。

しかし、日本の仏教史のなかでは「親の因果が子に報う」といった言葉とともに、本来の意味からはずれていった。被差別部落に生まれたり、身体の障害や不治の病いになったのは悪業の因縁であるといわれ、差別を思想的に固定化する言葉になった。あきらかなまちがいである。

その点は厳しく反省しなければならない。そして、その反省の上で、仏教本来の平等の精神に立ち返らなければならない。
また、「業」とともに差別を固定化したのは、「穢(けが)れ」や「忌(い)み」だった。これらは宗教全般に見られるが、神道の中に大きくあらわれ、女性は血の穢れがあるとか、罪深い存在であるとされ、差別を受けてきた。
それについても法然上人は「仏教に忌みはない」(「百四十五箇条問答」)とはっきり言われている。その教えをしっかりととらえなおしていかなくてはならない。