

福祉差別の問題は、一つひとつ具体的に解決しなければならない課題 である。
その典型的な例として、90年の長きにわたる強制隔離政策の末、1996(平成8)年に廃止された「らい予防没がある。人権侵害に対する国の謝罪を求めるハンセン病元患者の訴えは、2001(平成13)年5月熊本地方裁判所で勝訴し、その後、国が控訴を断念、一応は解決の方向に向け話し合いが行なわれている。
このニュースは新聞やテレビにおいて大きく報道されたが、多くの人々には、そんな問題があること自体知られていなかった。そこにこういった差別による人権侵害の深刻な一面がある。差別による苦痛は、被害者に対し、社会が無関心であれば放置されてしまうのだから。
人権侵害への関心は高まってきている。死刑制度をめぐる論議、日本に暮らす外国人の権利の保証、犯罪被害者の救済、セクシュアル・ハラスメント(性的いやがらせ)、ドメスティック・バイオレンス、家庭内暴力、学校におけるいじめなど、さまざまな問題が浮上してきている。 これらの解決に取り組むには、従来の社会通念を人権に照らし、改めていかなくてはならない。
たとえば児童虐待は、子どもが親から暴力を受けていても、親の教育権やプライバシーを楯(たて)に、近所の人はもちろん、行政や児童相談所でさえ容易に踏み込めない場所になっている。
しかし、そこで子どもが殺されてしまう事件さえ相次いで起こっている。またそこまでいかなくても、幼児期に受けた虐待が深刻なトラウマ(精神的外傷)となり、さらに次世代に引き継がれていく懸念が明らかになりつつある今、このまま放置していいわけがない。
親権やプライバシーは侵すことの許されない人権であることも確かである。しかし、それらの概念をもう一度見直すことも必要かもしれない。従って、社会全体でどう考えるかということが重要になってきている。
一つには、家庭内暴力は明確に犯罪であるから、刑事事件として告発すべきであるという考えかたがある。報道されている事件には、確かに犯罪というにふさわしい例も多い。
しかし、自分の子どもに暴力をふるってしまう親の多くは、そのことによって自分自身が深く傷ついているという現実がある。「なぜ、自分は子どものしぐさにイライラしてしまうのか。なぜ、手をあげてしまうのか」 子どもに暴力をふるった後、激しい自己嫌悪のなかで救いを求めているのだ。
この問題に取り組んでいるNPO(非営利組織)などによると「このままでは新聞に出るような事件を起こしてしまうかもしれない」というような、不安をかかえている例が数多く報告されている。
子供を保護するのと同時に、親を虐待行為に至らしめる背景を検証し理解しなければならないだろう。これが双方の人権を守りつつ問題を解決する基本事項である。
仏教では、仏の心を大悲ともいう。大いなる悲しみをもって、苦しみ迷う人々を包みこむ心が求められるのである。

「人権」とは、人間として誰もがもっている権利をいう。18世紀のアメリカ合衆国の独立やフランス革命のなかで、「人は生まれながらにして固有の権利を持つ」という思想が確立した。個人の自由を守ることが国家の責務であるという自由主義も生まれ、法によって拘束されない権利、言論・信教の自由などが基本的人権とされるようになった。
今日の国際社会において、人権は国家という枠を超える権利とされ、人権の保護は国際社会の基本的なルールであるとされる。ところが、難民の認定や死刑制度の是非など、具体的な例になると、人権の考えかたが国や民族によって異なっているという現実にぶつかる。
日本では「自由」をめぐって、国民の間でちぐはぐな軋轢を生んできた歴史がある。ヨーロッパ生れの人権の観念は、どうも日本の文化になじまないところがある。「人は生まれながらにして固有の権利をもっている」と言っても何のことかわかりにくく「当たり前の権利」と呼び変えたほうがいいのではないかという意見もある。また戦後、自由は勝手気ままと同じような意味あいで使われてきている所があるが、自分が勝手気ままにふるまって周囲の人が迷惑をこうむるのなら、それがいけないことも当たり前であり、自由を奪われてはいけないのもまた当たり前のことである。
「浄土宗21世紀人権アピール」の中で「自由・平等をとなえながら、一方では自分本位な言動でひとをバカにしたり.....」という背景には、当たり前のことが当たり前とはされなくなってきている社会の現状がある。
仏教には、「ひとをバカにしたり」して傷つけることは、自分自身を傷つけることであるという深い認識がある。 「人が生まれたときには、実に口の中に斧が生じている。ひとは悪口を語って、その斧によって自分自身を斬るのである」(『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
これも人間の愚かさである。だから「人権アピール」は、次のように結んでいる。
「わたしたちは、このような愚かさを素直に見つめ、法然上人のお念仏の心を生かし、明るく正しく仲良く生きていくことをここに堅く誓います」と。
イラスト:斉木真理子